「仮説を立てる」という言葉はビジネスの世界で流行しているようです。Amazonで「ビジネス 仮説」と検索すると134件もヒットします。それに昨年はBCG流仮説思考みたいな本が大いに売れました。
もともと仮説という言葉は科学用語だったのですが、それを科学的管理法とか科学的経営とかいう経営学理論が発展するうちにビジネスの世界でも仮説という言葉が使われるようになったのだそうです。
僕はもともと自然科学を勉強していたので、仮説という言葉の意味は知っているのですが、どうもビジネスの世界で使われる仮説という言葉の使われ方に違和感がありました。
そして色々な仮説の使われ方を見聞きするうちに、段々「ビジネスの仮説」というものが理解できてきました。
そこで今回は、「科学の仮説」と「ビジネスの仮説」の相違点についてまとめることで、その意味合いを僕なりに整理することにしました。
仮説の意味
仮説というのは、字のごとく「仮に立てる説明」のことです。より正確にいうのであれば、「ある事象の発生の原因が不明な場合、その事象を合理的に説明するために、仮に立てる説明」のことをいいます。
例えばリンゴが木から自然に落ちたところを想像してみましょう。(もちろん、万有引力の法則は知らないという前提で。)
その事象をみて、なぜリンゴは外部の力なしに下に引き寄せられたのだろう?と思い、それを合理的に説明するために「大地は、周囲のものを引きつけている」という仮説を立てたとします。
それが本当かどうかはまだわかりません。ただこの説はリンゴが落ちた事象を合理的に説明できています。これが科学で用いられる仮説です。
一方、ビジネス上で使われる仮説という言葉のニュアンスは人によって異なります。
例えば「この事業に参入すれば儲かるはずだ」とか、「〇〇すれば、もっと収益性が高まるはずだ」という文が仮説と言われる場合もあります。
その他にも「顧客はこういう課題を抱えているのではないか」などの言い方もあります。
これが科学の仮説と意味が異なることがわかりますか?
科学の仮説は、ある事象に対し、例え仮にせよ(つまり真偽がその時点で不明であっても)合理的な説明になります。
つまり仮にでも断定的な文になります。「なになにが、なになにだ」という表現になります。
しかしビジネスの仮説は断定的な言い方はしません。「なになにではないか(?)」、「きっとなになにだろう(?)」という表現になりがちです。表現の仕方では(?)とはならないかもしれませんが、本質的な意味では一緒です。
つまりビジネスの仮説というのは、仮説というより、推定、推論という表現の方が適切です。
この違いはとても重要です。なぜなら仮説を立てた後続く、判定に影響するからです。
検証
判定について勉強する前に、検証について理解しましょう。
検証とは、ある仮説の真偽を判定するために行う行為を指します。
先ほどのリンゴの例、あれは天才と呼ばれたニュートンが万有引力の法則を発見した時のエピソードですね。
たまに勘違いされている方がいるのですが、ニュートンが天才と呼ばれたのは「リンゴが落ちたのをみて、万有引力を思いついたから」ではありません。
万有引力という仮説を検証して、証明したから天才なのです。
(仮説を思いついただけで天才と呼ばれるのであれば、幼稚園児の時、スーパーボールを壁にぶつけて跳ね返ってくるのをみて、「これは僕が与えた力に対して、壁がそれと逆向きの力を与えたからだ」と思った僕も天才になってしまいます。)
検証という行為は非常に重要です。この行為がなければ、仮説はただの「思いつき」になってしまいます。
(だから僕は凡人なのです)
検証という行為を通して仮説の真偽を決定します。このプロセスは科学の仮説もビジネスの仮説も両方あります。
検証の方法は仮説により異なります。科学では実験や観察という行為が検証方法の代表ですが、ビジネスでは分析などが方法として一般的ではないでしょうか。
科学でいう判定
検証行為を通じて得られたデータないし知見を用い、仮説の真偽を決めることを判定といいます。
この判定プロセスが科学とビジネスで決定的に違う部分です。
科学でいう仮説の判定は真か偽のどちらかです。0か1か、マルかバツか、そのいずれかです。
ですから「この仮説はちょっと間違ってる」とか、「この仮説はおおよそ正しい」という表現は間違っています。どちらも偽です。
そんなこと言ったら大抵の仮説は偽だろうが!と思われるかもしれません。その通りです。
エジソンの名言にこんな言葉があります。
「1万回の失敗をしたのではない。うまくいかない方法を1万通り見つけただけだ」
これはまさにその通りなのです。つまりこの仮説は偽であった。では次の仮説は…と繰り返し考えながら真実を探求していくのが科学なのです。
補足
ここは読み飛ばしても構いませんが、上のプロセスだと永遠に真実は掴めないと思う方もいるかと思います。
この仮説は偽であった。では次の仮説は…、またその次は…、またまたその次は…となり、永久に真とは言えないこともあるでしょう。その結果、最終的に生まれるのは偽とは言えない仮説です。
また例え、この仮説は真だ。と言えても、ある事実によってその仮説が覆される可能性もあります。
数学の授業で「カラスは黒い」という命題を証明しろというのを習ったことがあるかもしれません。
たとえここで、この命題が真と証明したとしても、突然変異で白いカラスが生まれる可能性はあります。事実、ホワイトタイガーという虎は、遺伝子の突然変異によって色素がなくなってしまった虎です。
このように、すべての仮説は覆される可能性を持っています。これを反証性と呼びます。またある事実により、これまでの常識が覆されることをパラダイムシフトと呼び、そのような事実はディスラプティブ(破壊的な)な事実と呼ばれます。
言い換えれば、我々が常識と考えているものは真実ではなく、いつか或いはいつでも覆される可能性を持つ仮説であるということもできます。
ビジネスでいう判定
ビジネスの仮説を検証し、判定を下すというのは非常に難しいといえます。
なぜならビジネスの仮説自体が推定、或いは推論なので、真偽と判定することができないからです。
ですから判定というより、可能性を探るというような形になりがちです。
天気予報を思い出して下さい。天気予報には降水確率というものが表示されます。我々一般消費者が知りたいのは、雨が降るのか、降らないのかのどちらかです。しかしそんなことはお天気お姉さんでも判定できないのです。ですから確率で考えることになります。
ビジネスの仮説もこれに似ています。仮説(或いは推論)を立て、それを検証し、仮説の真偽の可能性を判断します。可能性が低ければ、仮説を修正し、改めて検討して可能性を高めます。
この繰り返しにより、ビジネスという可変性の高いものを、より成功に近づけるための方法を模索します。
まとめ
このように仮説という言葉の意味が科学とビジネスで大きくニュアンスが異なることがわかりました。
もし皆さんが仮説という言葉を使う時は、あらかじめこれらの違いを理解しておくことが重要です。
特に、自分では仮説と思っていても、周囲は「それは個人的な思いだろう」と思われるような仮説の立て方をしているかもしれません。
そんな時は「そもそも仮説ってなんだっけ?」という問いを自分で発することが必要です(だから僕もこの記事を書いたんですが)
次回は「適切な仮説の立て方」を書いてみたいと思っていますが、何しろ個人的なブログですし、電車の車中で思い付きで書いてるのでいつになるかわかりません。
また次回、お会いしましょう。