テクノロジーが発展しても世界が変わらない理由

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デジタルの世界では次々に新しいテクノロジーが生まれいる。最近話題のAIやIoT、クラウド、その他諸々、数えればきりがない。

しかし次々と新しいテクノロジーが生まれているのに、私たちの世界が一変したという実感はない。満員電車は解消されないし、相変わらず書類を作り、朱肉で捺印をしている。毎朝オフィスに出勤しなければいけないし、読まないメールが毎日何百と送られてくる。

新しいテクノロジーは間違いなくこれまでの生活を変えるはずだ。会社に出社する必要はなくなり、PCを立ち上げれば家がオフィスに早変わりする。会議室はバーチャル空間で行われ、世界各国から社員が参加する。大都会に住む必然性はなくなり、郊外や地方など自然に溢れた環境でもオフィスと同等の仕事ができる。言葉の壁はリアルタイムの音声翻訳によって取り払われ、世界中誰とでも母国語で会話ができるようになる。このような生活を私は期待しているし、これらを実現するためのテクノロジーはすでに誕生している。

しかし現実問題として私たちはこれまでとあまり変わらない生活をしている。私が実感していることといえば、電車の中で新聞を広げる人を見かけなくなったことぐらいだ。それ以外にも色々変わっているのだろうが、私が想像していた未来とは似ても似つかない。なぜ世界は変わらないのだろうか。

この疑問に答えるために今回は、イノベーター理論とハイプサイクルを応用してテクノロジーの普及までのプロセスを可視化することを目的に調査、検討を行なった。その結果、新しいテクノロジーが世間に普及するまでには人がテクノロジーを段階的にテクノロジーを受容することが必要であることを明らかにした。

 

テクノロジーはディスラプティブでイノベーションを誘発する

今回の検討するに当たり、まずテクノロジーについて定義を与えなければならない。

テクノロジーは技術と訳されるが、日本語では人のスキルも技術と呼ばれる。例えば熟練の技術とか、匠の技などはスキルではあるがテクノロジーではない。逆にインターネットやAIはテクノロジーではあるがスキルではない。

このように英語で書くとニュアンスは明確だが、日本語だといずれも技術と呼ばれるためしっくりこない。そこでここでは、テクノロジーを知識の実用化によって生まれた産物ないし方法論のことを意味するものと定義した。

テクノロジー定義について明確なイメージを与えるために、印刷機の発明の歴史を振り返ってみよう。

1450年、ヨハネス・グーテンベルクにより活版印刷の技術が発明された。これまで書籍は羊皮紙に手書きで作られてきたが、印刷技術が確立されたことで書籍を短時間に大量に作ることが可能となった。また羊皮紙のように不均一な紙は印刷に適さないため、木を材料にした紙が普及した。この印刷というテクノロジーによって世の中に広まった書籍は聖書である。

それまで手書きで書かれた聖書はとても高価で、一般の人々には手が届かなかった。そこで教会が聖書の内容を説教として読み聞かせることで伝えてきたのだが、政治や教会の都合により聖書の内容と異なる独自の解釈が流布していた。

しかし印刷により一般大衆が聖書を直接読むことができるようになると、教会の説教が聖書の内容と同一ではないことを知るようになった。その結果、従来絶対的な権力を持っていた教会の権威は失墜することとなった。これは結果的に宗教改革を引き起こし、キリスト教がカトリックとプロテスタントに分裂するという一大革命が勃発した。

印刷の歴史からもわかるように、テクノロジーにはこれまでの慣習や既成概念、常識を破壊するという性質がある。これは一般的にディスラプティブ(破壊的)な性質という。またディスラプティブなテクノロジーはイノベーション(変革)を誘発する。ただし引き起こされるイノベーションの形態は様々である。先ほどの例は、印刷というテクノロジーが宗教改革という一見関連性の見えないイノベーションを引き起こすことを示している。まさに風が吹けば桶屋が儲かるという様式をとる。

 

テクノロジーのインパクトと人々の行動様式の変化

テクノロジーがイノベーションを誘引するためには、そのテクノロジーの与える社会的インパクトが重要な指標になる。インパクトが大きければ大きいほど、イノベーションを誘発する可能性は高まる。テクノロジーのインパクトは古いテクノロジーと新しいテクノロジーの生産性(P)の差分で下の図のように表現することができる。

ここで注意してもらいたいのは古いテクノロジーと新しいテクノロジーの間の生産性が非連続であるということだ。これはテクノロジーの持つディスラプティブな性質によって与えられる。わかりやすくいえば、新しいテクノロジーは古いテクノロジーを破壊し、取って代わる。これが生産性の非連続性となって現れる。

一方で新しいテクノロジーを全ての人が素直に受け入れることは現実的な推定とはいえない。そこで人がテクノロジーを受け入れる受容プロセスを検討するにあたり、イノベーター理論とテクノロジーのハイプサイクルを合わせて検討することにした。

 

イノベータ理論 概略

イノベーター理論とハイプサイクルについて簡単に説明しておこう。イノベーター理論とはマーケティング理論のひとつで、新しいもの(今回の場合はテクノロジー)に対して興味を持って受け入れるタイプの人口比は標準分布で示されるという理論だ。イノベーター理論ではそのような人々をタイプ分けし、最も早く新しいものを受け入れるタイプからイノベーター、アーリーアダプター、アーリーマジョリティ、レイトマジョリティ、ラガードという具合にカテゴライズする。普通は、今の製品はどのタイプに受け入れられそうか、そしてそのマーケットの規模はどれくらいかを検討するのに用いられることが多い。

 

ハイプサイクル 概略

一方、ハイプサイクルとは新しいテクノロジーの期待感が時間とともにどのように変化するかを表した図だ。時系列順に説明すると、テクノロジーの出始めはトリガーと呼ばれ、認知度が低いために期待度も小さい。それが徐々に期待感が大きくなり、過度な期待感(これをハイプという)をもたらす。しかし、現実に使ってみると思っていたほどうまくいかない。これが幻滅を生み出す。幻滅したままテクノロジーが消滅する場合もあるが、順調に行けば期待感が復活し、テクノロジーの普及が起こる。これをエンライトメントと呼ぶ。次第にテクノロジーは安定した成果を生み出し始め、それとともに期待度も安定する。

 

マーケット累積分布をハイプサイクルで補正する

イノベーター理論では各タイプの人口比は正規分布を取ると仮定されている。そこで正規分布の累積分布関数で示されるマーケット人口(P(t))をハイプサイクルで補正すると、累積分布関数は下の図の赤線に示されるような形状になる。。

ハイプサイクル-イノベータ理論

P(t)はテクノロジーが時間経過に伴うマーケット人口の拡大を示しているので、ここで安定期までに要する時間は新しいテクノロジーが完全に普及するまでの時間に等しい。

人間の行動様式の移り変わり

 

テクノロジーが世界を変えるには段階的な受容が必要

人間の行動様式をイノベータ理論を適用することによって再現すると、人は新しいテクノロジーを受容し、最大限の生産性を得るまでには段階的な受容プロセスが必要であることが示された。

第一の段階は新しいテクノロジーへの期待感から、いち早くそれを取り入れようと動くイノベーターとアーリーアダプターの働きである。彼らはテクノロジーへの興味関心が高く、先駆者になりたいと考えている。さらにそこにアーリーマジョリティが加わることで、テクノロジーは一定の規模で世間に普及する。しかし過度な期待がすぎるとその勢いは鈍化し、特にレイトマジョリティのテクノロジーの受け入れが困難になる。

第二の段階はエンライトメントによってレイトマジョリティがテクノロジーを受容することによって発展する。第二段階は第一段階と比べて多くの時間を必要とする。また第二段階の受容を進めるためのエンライトメントにはイノベーターやアーリーアダプターがリーダーシップを発揮し、アーリーマジョリティが一般化させることが求められる。ただし、全ての人がテクノロジーを受容するわけではなく、ラガードと呼ばれる保守的でテクノロジーの受け入れを拒否する層が一定数存在する。

 

受容の第二段階に進めるための環境づくりが重要

今回の計算はイノベータ理論にハイプラインを応用することで、テクノロジーの二段階の受容プロセスの存在を明らかにした。特に受容の第二段階では、多くの時間とエンライトメントが必要になることが明らかになった。これは第二段階を成功させるのに多くのリソースと継続的な支援が必要であることを示している。

このことはテクノロジーの進歩とイノベーションまでの間に多くの時間を必要とすることを暗示しているが、現在に見られるテクノロジーの断続的な登場にいかに人が順応するかが問われている。

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